ポーランド語で「道」を意味する「DROGA」と「~へ」の意味を持つ「DO」。一方「DŌ」は日本語の「道」を意味し、また多くの言語では音階の最初の音を連想させる。こうしたかけ言葉から生まれた「DROGA DŌ」は「音楽の道」を表しており、とりわけこのフェスティバルではポーランドとリトアニアを経て日本とイスラエルにたどり着いた難民たちのたどった道のりを反映したものとなっている。
体制転換期のポーランドで幼少期をすごし成長した戦後第三世代である私たちは、ホロコーストについて多くを知らず、自分たちの暮らす大都市や町、村にその痕跡があることにも気づいてはいなかった。次第に、私たちアーティストや活動家の多くが「消えた隣人たち」の記憶をよみがえらせようという活動に携わるようになった。それは、戦時中の彼らをおそったような悲劇的体験から十分安全な距離が保たれている今だからできることでもある。私たちは自分たちの手で、傑出した芸術家や知識人の中にいかに多くのポーランド系ユダヤ人がいたか、文学や演劇の分野だけでなくクラシック音楽の分野でも、ポーランドの文化的アイデンティティに彼らがいかに貢献したかを発見した。学校では誰も教えてくれなかったことだ。記憶の復活に向けた活動と、自らのルーツに対するより深い自己認識を得るための道ゆきは、民主的で検閲のないポーランドにおいてようやく可能になったのであり、私たちはそういった道に足を踏み出す準備のできた最初の世代なのである。
移民危機は21世紀最大の課題のひとつだといえる。EUの南や東の国境地域で、あるいはアフリカや中東で繰り広げられている悲劇は、人が「他者」、「外人」、「よそ者」と出会うということについて問いかける。このテーマにおけるポーランドの歴史的経験は、ヨーロッパでも特異なものである。第二次世界大戦中、ユダヤ系ポーランド人は集団的死刑宣告を受けた。組織的迫害の規模はあまりにも大きく、今日ですら個人的、社会的、文化的記憶の中でそれに立ち向かうことは難しい。つまりポーランドには「消えた隣人たち」に対する借りがあり、「記憶の復活に向けた活動」を行うべき特別な責任があるのだ。
数千人におよぶヨーロッパ系ユダヤ人が日本に難民した道のりは、ポーランドの歴史意識にほとんど残っていない。杉原千畝が発行した「命のビザ」は公文書の奥底にしまい込まれたままであり、広く認知された文化的表象の中にその場所を見出すには至っていない。「Sempo」と呼ばれた杉原千畝、オランダ領事ヤン・ズワルテンダイク、駐日ポーランド大使タデウシュ・ロメルが共同で尽力したことについては、専門書や学術文献には記録されているが、実際それは深いヒューマニズムと市民的勇気を併せ持つものであり、「一民間人」の福祉と尊厳をめぐるこの物語は、まさに広く語るに値するものである。杉原言うところの「人間の屑」に命を吹き込むことは、「無関心でいてはいけない!」というマリアン・トゥルスキの呼びかけに応えるものである。
「DROGA DŌ―記憶の道」は国境を越えた協力の感動的な物語である。オランダ領事ヤン・ズワルテンダイクがいなければ、キュラソー島への通過ビザの構想は生まれなかっただろう。ポーランド大使タデウシュ・ロメルがいなければ、避難民たちを乗せた船は敦賀からソ連に送り返されていたかもしれないし、杉原千畝の一市民としての勇気と献身がなければ、リトアニアのカウナス市Vaižganto通りにあった彼の自宅のドアの外で、すべての希望は失われていただろう。オランダ、ポーランドそして日本出身の3人の外交官は、自分たちの行動が助けを求める人々の命を救うのに十分かどうかわからないながらも、良識ある人道的な行動をとることを決めた。残忍な戦争、気候変動による大災害、そして移民の危機に直面している今日、国や大陸の境界、民族や宗教の隔たりを超えた問題を解決できる、たったひとりの偉大な英雄など存在しないことは明らかである。かつてないほどの協力が必要なのだ。
音が生きるために、通訳や歴史家、人類学者は必要ない。この「Otoファンデーション」では、ワルシャワの歴史と文化に根差した音楽祭「WarszeMuzik」をプロデュースしている。もはや存在しない町の物語を語り、その歴史を軸に音楽プログラムを構成し、PR活動を避け、近隣のコミュニティとの協力に重点を置くことで、長年にわたる小さな個人的な取り組みだったものが、作曲家のレジデンシーを伴い、ライブとオンラインで何千人もの聴衆が耳を傾ける広範なコンセプトの室内楽フェスティバルへと変貌を遂げたのである。
「WarszeMuzik」フェスティバルの経験を活かし、クラシックの室内楽におけるナラティヴ・プログラミングを国際的な規模で展開しようというのが私たちの取り組んでいる試みである。ポーランド、リトアニア、日本、イスラエルを結ぶ避難民の足跡を、ワルシャワ、カウナス、敦賀、テルアビブでの一連の室内楽コンサートに投影するというものだ。フェスティバルのプログラムに様々な視点と感性を融合させるため、プロジェクトにはこの4各国の作曲家と音楽家が参加する。
アーニャ・カルポーヴィチ